椿いづみ『月刊少女野崎くん』第1巻、第2巻

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椿いづみ『月刊少女 野崎くん』第1巻、第2巻

 16歳の高校生・佐倉千代が告白した同級生・野崎梅太郎は少女漫画家「夢野咲子」だった。佐倉を自分の漫画のファンだと勘違いした野崎に連れられて彼の自宅に出向き、「ベタ塗り」を手伝わされるところから佐倉の悪戦苦闘が始まる。「最初は背の高さと男らしい性格にひかれて……/告白したんだけど気付いて貰えなくて/でもそのおかげで話す回数は増えたんだけど/便利屋くらいにしか思われてないような」(第1巻14頁)、そんな二人を取り巻く個性あふれる面々。野崎が描く漫画の「ヒロイン」のモデルであり、かつ背景担当(主に花を飛ばす)の御子柴(男)。佐倉の友人で性格は粗暴、無遠慮で、野崎いわく「KY」なのだが「天使の歌声」の持ち主・瀬尾結月。演劇部所属の通称「学園の王子様」鹿島遊と、サボり魔の鹿島を「物理的に」部活へ引っ張り出す演劇部長の堀(背景担当)。野崎の担当編集・宮前剣と前担当の前野、今は前野に担当されている少女漫画家・都ゆかり、そして2巻では野崎の後輩でバスケ部の若松(瀬尾結月に苦しめられて不眠症)が登場する。

 一癖も二癖もある登場人物たちがドタバタ劇を繰り広げるギャグ4コマ漫画は数多くあるが、その中でも本作を魅力的なものにしているのは人物造形の完成度の高さとコマ運びの巧みさである。例えば、第2巻の第13号(34頁~45頁)を見てみよう。

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 34頁では「ヒーリング効果がありそうな音楽」ということで佐倉が持ってきた音楽を聴いて野崎がその「歌声」を褒める(3コマ目)。そして4コマ目で、佐倉が「それ/結月の歌声なんだー」と言った瞬間、第1巻で既に結月の性格を知っている野崎は「冷たい目」で音楽を止める。3コマ目までは佐倉と野崎のゆったりとしたテンポの会話が時間進行の遅さを表現し、4コマ目で「ぶちっ」と突然野崎が音楽を止める仕草の速さを際立たせている。しかも、4コマ目の右半分は友人の歌声を褒められて嬉しそうな佐倉の顔と、彼女の周囲に咲く花、他方で左半分は冷たい目をして音楽を止める野崎といった対照的な構図になっている。時間進行の緩急と結月に対する人物評価の対照性が4コマ目に凝縮されている。瀬尾結月本人は登場していないにもかかわらず、彼女の性格と能力の二面性がこの4コマだけで見て取れるのだ。そして、初めて見た読者は「きれいな声」にもかかわらず野崎に冷たい目で音楽を止められてしまった結月がどういう人物なのか、という関心を引かれた状態で「きれいな声」と性格の二面性をもっと具体的に確認する35頁目に移動できる。

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 見開き左側の35頁を見てみよう。1コマ目で野崎はタオルで髪を拭いており、若干の水滴が頬にあり、髪から滴っている。そして佐倉の顔だけが描かれ、フキダシはぼんやりとした輪郭で囲われている。もしここが佐倉の顔とフキダシの表現だけで、野崎が34頁と全く同じ服装で描かれていたら、34頁と同じ場面の続きだと読者が考えてもおかしくはない(野崎の正面にいる佐倉を顔だけ割り込ませている表現かと思う人もいる)。しかし、おそらくシャワーを浴びたか風呂に入ったことを想起させる野崎の姿を差し挟むことによって、34頁からはだいぶ時間が経過したであろうことが直感的にわかる。そして、この野崎の姿と合わせて描かれることで、顔だけの佐倉とぼんやりした輪郭のフキダシが野崎の「思い出している内容」だということが理解される。2コマ目からは34頁とあまり区別のつかない襟付きの服に戻っているので、1コマ目だけ衣服の描写を変えるのは時間経過と「佐倉が帰った後」であることを同時に印象づける効果を意識しなければできない作為だ。さて、2コマ目と3コマ目は中央に野崎の横側、右に結月の「きれいな声」、野崎の後頭部にあたるコマの左半分に「傍若無人な」結月のイメージが描かれている。コマの左右で結月の性格と声が対照されている(ちなみに、傍若無人な結月のイメージの背景にさりげなく入れられている花柄は34頁で友人の声を褒められて嬉しそうにしている佐倉の背景にあったものと同じだ)。

 結月の歌声を聴いているうちに、脳内の彼女のイメージにいらだっていく野崎は、35頁の4コマ目で34頁と同様に音楽を勢いよく消す。今度は音楽を止める動作を大きく背後から描いているため野崎の表情は見えない。しかし、35頁が34頁の3コマ目と4コマ目の「展開」だということが読者には直感的にわかるので、描かれていない野崎の表情を読者は容易に想像できる。読者は縦にコマを読み進めるだけではなく、見開きの右の4コマ目から左の4コマ目へと横にコマを読み進めてもいる。
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 こうした読み方が可能なのは、漫画であれ文章であれ、音楽でさえも、人間が知覚するときにはある程度記憶に頼って知覚をしているからだ。人間は目の前のもの、今ここで見聞きするものだけを、瞬間瞬間に知覚しているのではない。さっき見たもの、かつて聞いたもの、そうした過去の知覚を「印象」として「記憶」し、現在の知覚において「再現前」させる。このことは表現の与える効果を考える上では無視できない要素なのである。

 次の見開きでもこうした表現技術がうまく組み込まれている。
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36頁では、声だけを聴いて「声楽部のローレライ」に未だ見ぬ美少女を想像する男子生徒たち。「黙っていた方が夢があるだろ」という結月の台詞に「もしかして実はいい奴…」と思いかける野崎に対して、4コマ目でオチをつける結月。起承転結の基本に忠実な流れだが、4コマ目に出てくるのは結月だけで、野崎は描かれず、彼の「最低だな/おまえ」という台詞だけがフキダシで書かれている。つまり、35頁の4コマ目で背後から映され隠されている、野崎の結月に対する人物評価を表す表情は36頁でもまだ読者の想像に委ねられる。それが表現として登場するのは左の37頁の4コマ目なのだ。冒頭の34頁の4コマ目にあった野崎の「冷たい目」と比較してみよう。美少女を夢見てようやく歌声の主を捜し当てた男子生徒の期待に満ちた姿を「腹を抱えて笑い転げながら嘲る」結月の姿に、野崎は「ぞおっ」とした表情を浮かべる。「冷淡」から2回分野崎の表情を読者の想像に委ね、その後に「嫌悪と恐怖の入り交じった表情」を出す。読者の想像は37頁の4コマ目でありありと浮かべられた野崎の表情によって「補正」され、実際には描かれなかった35頁と36頁の野崎の表情の「移り変わり」にリアリティが与えられる。しかも、34頁から37頁までの4つの4コマが起承転結の関係になっており、この4頁が結月の二面性を幾重にも描き出していることがわかる。

 ちなみにこの回は、38頁から41頁、42頁から45頁、とそれぞれが4つの4コマで1つのまとまりを作っている。38頁から41頁は、初登場の若松がバスケ部の助っ人にきた結月の傍若無人ぶりに悩まされている話。42頁から45頁までは、その若松が野崎の家で聴いた結月の声に癒やされ不眠症が解消されるという話だ(若松はまだその歌声が結月のものだと知らない)。そうすると、34頁から37頁までで第1巻の復習として描写され、野崎がその両方を知っている結月の二面性が、若松という新しい登場人物の下でもう一度分割される、という構造を4つの束×3で示していると言えよう。

 『月刊少女野崎くん』で使われているのは特殊な技法ではないが、読者が一定のテンポで、そして大きなストーリーの流れと個々の4コマの「笑い」を同時に楽しむことができる点で非常に効果の高い技法がごく自然に使われている。読者は話の筋に迷うことがなくなるし、すんなりと表現に込められた「意味」を直感的に理解できるのだ。こうした「笑い」こそが、漫画に独自の表現をうまく利用した、文字通りのギャグ/コメディ漫画だと言えよう。